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2009年4月

2009年4月28日 (火)

田中裕子景気浮揚策

田中裕子の映画を随時鑑賞敢行中だが、以外に出演作は少ない。なぜ全ての映画に裕子は出ていないのか。ナナフシギのひとつにカウントすべき事柄である。

100年に一度の歴史的世界同時不況下にあって、日本国に限らずG20の経済政策担当者は追加補正として、田中裕子のギャラに補助金を支給し、裕子主導の景気浮揚策を実施すべきであると、経済学者、アナリスト達は声をあげなければならない。田中裕子がハリウッドスター並の所得を得れば東京ドーム数十個分の豪邸を購入。そこには多くのハウスキーパーの雇用が創出され、ロケに随伴する専属調理人が雇い入れられ、専用ジェット機とヘリコプターの購入は製造業にも経済効果をもたらす。当然映画の観客動員数は軒並み記録を更新し、ブルーレイへの買い替え需要は促進され、末端労働者の私の精神生活のみならず、経済生活も裕子によって活性化がなされることは必至である。民主党は政権担当能力の立証に、この妙案をマニフェストに書き込めばいい。自民党は箱物が欲しいのなら国立メディア田中裕子総合センターを建設し、国営ファンクラブを運営すればいい。

今こそ、Yuko New Dealを。

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2009年4月23日 (木)

常識欠落

今の業界に10年ほどいるが、どうも自分には、この業界の根本的な常識が欠落しているようだ。欠落しているので自分では気が付かないが、時々回りの反応からそれを知ることができる。しかし自分ではどうしていいのか判断できない。なにせ分からないのだから。ただ、無残であることだけは分かる。入門書や専門書を読んだりはする。だが、そういうことでは得られないものだ。

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2009年4月18日 (土)

ひとりパンデミック/邪教あるいは方便

田中裕子熱の拡大が留まる所を知らない。165cmの長身の体躯を駆け巡り、一回りを果たした後、次なるターゲットである神経系を侵食しはじめている。遺伝子の突然変異は淘汰され、世代をまたぎ、種として確立する日も、そう遠くは無い。
自身の中に巣くっていたらしい、ある何者かに形が与えられ、ターゲットを確定し、見据えるべき方向性を見出したことで、精神衛生の確保にずいぶんと貢献している。

これが偶像の力か。
キリスト教や浄土真宗のような一神教型の思考法の持つ強い実践力に敬意を持ちながらも、どこかついていけないものを感じていたが、なにか参照点、それも理知的なものではない無限遠点を持つということは、主体的な選択の外にある力、その力が主体に属するか否かはともかく、主体的な選択行為の範囲外にある事柄なのだろう。
自分の「裕子熱」などは偶像崇拝未満で、それこそ「阿片」に近いものだが、日常生活において、精神衛生上、有用に機能している。盲目的な、ある根拠があってこそ活動は可能となる。日常生活の雑事の中で、その場その場で判断を下し、不意打ちを切り抜け、それらしい姿を保ち続けなければならないとき、偶像崇拝はリーズナブルな選択肢のひとつになる。

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2009年4月15日 (水)

「ザ・レイプ」

「男はつらいよ」と同じ1982年公開の「ザ・レイプ」鑑賞。
「男はつらいよ」にあった、あの純朴な裕子にこんな深い憂いの表情をまとわせた男どもは、とうてい許せない。なんだ、あの無神経な刑事どもの取調べは。クソ弁護士、裁判に勝つためには手段は問われないのか。ぼんくら女検事よ、通り一遍の正論なら女である必要はないだろう。だいたい裕子への支援は他に何もないのか。同性からの支援はないのか。何故裕子は孤立無援でなくてはならない。風間杜夫、お前はそれなりによくやってたとは、いえるだろう。しかし、アレは無い。あの言葉を寅さんが聞いたなら言うだろう。いつもの口上を。「それを~」というあれを。しかも最後の最後にまだ、事件が無ければだと?裕子、裁判が終わったなら、そぐに行け。柴又に。君の全てを受け入れてくれるだろう。君の好きな寅さんも、きっと帰っているはずだ。風間杜夫なんかと結婚しなくて良かったんだ。君にはジュリーがいる。チンパンジーの話は退屈かもしれないけど、今の君なら、また違ったものとして聞こえるだろう。

…と。

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2009年4月10日 (金)

ずつうはいやだなとおもう

きょうは頭痛がいたい。あたまが頭痛なので、頭痛がくるしい。あたまのこめかみにある動脈がドクンドクンといたいので、あたまが頭痛なのだとおもう。頭痛はいやだなとおもう。あたまが頭痛なので脳髄は変になっているのだとおもう。だから頭痛はいやだなとおもう。

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2009年4月 9日 (木)

「男はつらいよ」-国民的正月映画ということ

田中裕子に導かれて「男はつらいよ 花も嵐も寅次郎」観賞。まさか寅さんを見る日が来るとは想像だにしなかった。裕子最高はともかく、映画も十分楽しめた。もっと下町情緒あふれたドタバタコメディで、寅さんというのも、啖呵を切りまくる威勢のいいだけのお兄ちゃんかと思っていたけど、そういうことだけでもなかった。

寅さんというのは、反抗期の少年が周囲と和解しないまま成長し、ポーズにポーズを重ねて、その軽妙な立ち位置を確保し続けているスタイリストなんだな。しかし、そのスタイルは世間からの疎外感に簡単に破綻をみせて、ちょっとしたことで、ひねくれてどこかへ逃避してしまう。若いカップルを親身に面倒を見るその姿も、自暴自棄と表裏のものとして描かれている。

寅さんというストレンジャーを導入することで家族を再認識するという構造なのだが、そう、ちゃちなものでもない。約束事だけを組み立てて出来ている映画ではあるが、その内実には一定の厚みがある。一時代を築いた国民的映画を今更自分が再発見したところで、どうなるというわけでもないけど、支持されるにはそれなりの理由もあるんだなと。こういう映画を正月に映画館で見るというのは、どういう体験だったのだろうか。デート映画ではないのだから家族で見に行くのだろう。

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2009年4月 4日 (土)

映画「夜叉」

1985年作、降旗康男監督の、人情ドラマ風のやくざ映画ということになるのだろうか。日本的というか演歌チックというか叙情性に満ちながらも抑制の効いた、厚みのある映像や演技。しっかりとした技術に裏打ちされたプロの製作品という感じ。映像作家としての才気とか、映画史への自意識とか、そんなものとは無縁の職人技。大人のファンタジー。エンターテイメントであり、厚みといっても、現実を捉えようという意志のそれではない。心地良さを踏み外すこともない。島田雅彦が昔、ある対談で中上健二の小説の中に自分は居場所がないと言っていたが、この映画の中に自分のような人間は居場所はないし、居たいとも思わない。しかし、田中裕子といい、「夜叉」といい、何か、ある渇きに、すぅっと入ってくる感じがある。世代的なノスタルジーで、この渇きの大方は対処できるとしても、この大人びた叙情性とでもいいうる、ある領域が今の日本社会から喪失しているのも確かで、ノスタルジックなものとは別の何らかの形を与えられることも必要なのだろうとは思う。しかしこのことは、そう難しいことでもないのかもしれない。高齢化社会で稼ぐ、シルバー産業が拡大していくわけだから。

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2009年4月 2日 (木)

映画「火火」 ー信楽のこと

「火火」という信楽で活動する女性陶芸家を描いた映画を見ていて、昔、信楽に行った事を思い出した。

「火火」は実在する女性陶芸家がモデルで、初の女性窯元であることの困難や、困窮した生活、息子の白血病の発症、闘病と骨髄バンク設立への活動を描いた映画。

20年以上前になるが、大阪に住んでいたころ、よくオフロードバイクで山を走っていた。いつも行く場所を決めず、何となくブラブラする形で、あちこち思いつくままに林道に入るということをしていた。思いがけない光景に出くわすことが面白くて、普通はバイクで入っていかないような枝道に入っては、谷底に転落しそうになったり、バイクをこかして、坂が急なためにその場で起こすこができず、平らな道のところまでバイクを引きずり降ろしたりなんてことをして楽しんでいた。
信楽に行ったときも、そんな感じで偶然訪れた。狭い林道をくねりながら走っていて、急に開けたのが風光明媚な信楽の里だったため、桃源郷のような印象を持った。初夏のよく晴れた日で、バイクの速度を人が歩くような速度まで落とし、顔を覆うオフロード用のゴーグルとプロテクターを外して、牧歌的な光景の中をトットットットッ、と225cc、4ストロークシングルエンジンの鼓動と、初夏の清々しい空気を楽しみながら走っていた。隣にグラウンドのある神社にバイクを止め、タバコを一服しながら、その美しい風景を眺めた。
...と、それだけの想い出なのだが、二十歳過ぎのフリーターがノーテンキに呆けた愉悦に浸っているその時に、そこの場所で、この「火火」に描かれていることが行われていたということに感慨を持つ。もちろん同時代に様々なことが進行していることは当たり前のことではあるけど、それを感慨という形で認識することは、また別のことだろう。

時々こういう感慨を持つことがある。今、住んでいる東京武蔵野市の隣の三鷹市で、つい最近、死の直前まで旺盛な創作をしていたという画家の桜井浜江。年老いてなお、中野の風呂なし安アパートで苦闘した前衛生花の中川幸夫。よく行く小金井公園でホームレスをしていた漫画家、吾妻ひでお。

自分が住んでいる、すぐ近くで、ついこの間まで、あぁ、そうだったのかというような感慨は、物語化された単純な情報に基づいた感傷でしかないだろうけど、ひとつワンクッションをおいて単純化することで得られるものというものも、無いわけではないだろう。

役者を見たくて映画を見て、映画自体を楽しんで、描かれている題材から、ある感慨を紡ぎだす。シンプルなスパイラルです。

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2009年4月 1日 (水)

あにさぁん、恋は遠い日のタコがねぇ〜

youtubeでサントリーの樹氷オールド などの昔のCMを見ていたら田中裕子が好きになってしまった。
今まで田中裕子を意識に上らせる人生とは無縁であったが、恋とはそんなものだ。鷲掴みという。認識は遅れとともにある。事態を把握したとき、すでにまるごと捕捉されている。
そこで、さっそく「ホタル」、「天城越え」、「虹をつかむ男」、「火火」、「夜叉」を鑑賞。

ンフフ…。女優としての田中裕子?そんな姑息な関心ではない。ただ裕子に会いたいだけだ。見たい、ではない。会いたいのだ。アイドル映画を見る女子高生となんら変わりがない。こういう溺愛を前にしては、監督で映画を見るなどという行為がいかにセカンド・オピニオンでしかないかが鮮明に見えてくる。監督の仕事は俳優(というか裕子)をいかに魅惑的にするかであって、映画のために役者(というか裕子)がいるのではない。映画というテクノロジーが女優(というか裕子)を生んだのではなく、裕子が現出するためにこそ映画は発明されたのだ。

それにしても「天城越え」。作り手も演者も含めて、田中裕子一人だけが水準を超えているために、完璧なまでに田中裕子のためにだけ(つまり私のためにだけ)あるという凄まじい映画。いや、いくらなんでも贔屓目が過ぎるという批判は、それがたとえ正鵠を得ていようとも無意味である。田中裕子の映画を私が見るというとき、他の出演陣はもとより、裏方であることに安穏としているスタッフをも含め、全ての関係者はアウェーでの戦いを覚悟すべきなのである。

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