「Sweet Summer Day」 Chris Rea
この曲 を初めて聴いたのがTVで見たPVで、どこかアンゲロプロスを思わすような、寂れた郊外を舞台にした映像と、sweetな曲調のタッグが効いていて、好きになった。曲だけでも気に入ったとは思うけど、この映像との組み合わせで、ずいぶんと受けた印象が違っているんだろう。
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この曲 を初めて聴いたのがTVで見たPVで、どこかアンゲロプロスを思わすような、寂れた郊外を舞台にした映像と、sweetな曲調のタッグが効いていて、好きになった。曲だけでも気に入ったとは思うけど、この映像との組み合わせで、ずいぶんと受けた印象が違っているんだろう。
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斉藤和義が好きで何枚かアルバムを持っていて、その中の一枚が数ヶ月前に買った「collection B」。このアルバムのアレンジは総じてカッコイイけど、ことに「無意識と意識の間」 のアレンジの絶品具合に、今さっき気付いた。世界との合一を求める神秘主義的な希求を基調とする歌詞と曲に、jazz風の癒しテイストを施してあるという感じだけど、神秘主義と癒しがせめぎ合いながら、それらに落ち込むギリギリの所を踏みとどまっている。
斉藤和義というのはシンプルなアナキストといった風情で、ちょっと振れるとネット右翼やモラトリアム左翼なんかと親和的になるところもあるけど、どこか、それらの手前でとどまり続けている。
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1995年発表
憤りを、やや自虐的なニュアンスを込めてcool?に歌い上げる。
アルバムジャケットの印象とは、ずいぶん違う。
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20歳頃からの陽水ファンで、聞き続けていたが、近年の大味な感じに興味を失っていて、このライブアルバムにも関心は無かった。なんとなく買っては見たものの、アンプの故障もあって長い間開封もせずそのままにしていた。
新しいアンプを買ったのをきっかけに聞いてみた。やはり最近の陽水には興味が持てず、今堀恒雄のギターには眼を見張ったものの、他の事をしながら、ぼんやりと聞いていた。
アンコールに差し掛かったとき、陽水が自宅の近所でのライブもいいもので、皆さんのご健康を祈願すると言ったのを聞いたとき、かつてに比べ毒気の抜けたその話しぶりに何か惹きつけられた。その後に演奏されたパフィーのカバーなども、観客席で楽しげにしている、お腹の出たおじさん、おばさんの姿と共に同窓会でも見ているようで、楽しく聞けるようになっていった。そして最後に「おやすみ」で静かに終わるのかと思っていたら、「傘がない」がかかった。
リアルタイムで聞いてきたとは言えない世代の自分だが、同窓的な視点で見ていると最後にこの出世作が演奏されたのが、観客へのサービスや原点の確認ということよりも、確認などせずとも忘却不能な核としての存在がこれであるということを示されたように感じて、思わず感動してしまった。
演奏後に続いて語られたごく短い終わりの挨拶にも、時間の堆積が込められたものとして感得され、DVDを見終わったあと、しばらくは他に何かする気にはなれなかった。
こんな演出は分かりやすいパターンには違いないが、紋切り型には、それを紋切り型として成立せしめている、ある現実があるはずで、それにはそれの存在理由がある。こういった種類の感激は、作品そのものの力から来るものではなく、観客側の読み込みの度合いが多すぎるものではあるが、まがりなりにも、こういった時間軸の推移を感じる存在を持つことが出来たことに、感謝といった感情が出てくる。
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